この子らを救わん 愛の「おぎゃー献金」物語

く第 2 窃> ともされた谷間の光 私も鹿児島県の土橋支 の光栄に浴しました。 できない感激でした。 式のあとで 、 この病院で男児を出産された 、 名の如く正に花のように美しい 、 寿 美花代さんが 、 『おぎゃ ー献金 』第一号を寄贈されまし た 。そして「今後の 献金の発展と成功を祈り ます」との言葉と共に、激励の言葉も 最後に司会者より 、私 にも発言の機会が与えられました。「私が でありますが 、 その波は万波を呼び、大海の大波となって日本 、 決 して線香花火に終わらないように 」 と切実な願いをこめて、お礼の言葉としました。 この『おぎゃー献金』運動 推進に当たっては、協会と 、 いつも不 安がつきまといました。しかし森 山 会長を先頭に「日母」の執行部の皆さんが 、 寝食を忘れて涙ぐま しい努力を続けられた結果、今日 発展の基盤ができあがった 強調さるべきものと信じます 。 特にわれわれを大きく鼓舞激励してくれたのは 、 日付朝日新聞「天声人語」に掲載された次の文章 した。でした。 『おぎゃ ー献 金』発会式の翌日 、 すなわち 七月 三 79

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