この子らを救わん 愛の「おぎゃー献金」物語
け理解し合って 、 それから受け入れてくれたのですからなおさらです。 何よりも先方も同じ障害児をもつ家庭なのだ 、 たとえ経済力に大きな開きがあろうと 、 同じ境遇に あるという現実がお互いをしっかりと結びつけていくはずだというのが私 の 絶対の信頼の基礎だった のです。しかし 、 人生という道は険しく 、 厳しいものです。いつどこに「落とし穴」が待っているか もしれません。 三姉妹の父である Y さんが社長から解雇 されたと いうショッキングな事実を知らされたのは昭和四 十 年の秋でした。暑かった夏 去り、ここ鹿児島 の北部にも 、 ようやく秋めいた心地よい風 が漂い は じめたころ 、 そして農民にとっては黄金色の重たげな稲をまさに苅りとろうという喜び の季節でも あ りました。 夢にも見なかった"解雇 I I の二字を耳にし、私は受話器をにぎったまま、ヘクヘ夕と診察室の床に くずおれてしまいました。何というこ なのでしょうか。あれほど期待され、また双方ともが理解し 合って決 め た雇用関係だったのに……。何かの間違いであろう、いや間違いに決まっている 、 社長の ほうが何か誤解したために起こったことにちが ない。 私の頭の中にはもう何 が何だかわからない渦のようなものが 、 ただ グルグル と回り続けていました。 あとからわかったことですが、解雇の理由は Y さんが 、 会社の仕事を自分レベルでやろうとしたこと にあるらしく、それを自分に対する背信行為だと判断した社長が断を下したということでした。 58
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