この子らを救わん 愛の「おぎゃー献金」物語
く第 1 窃> 天使の「三姉妹」 曾木の滝の 当時、私が当地域の医師会長の席をけ が確信していたのは「医師は病気の診断治 、 さらにはもっと広く 、地域住民 の健 康管理についても担うべき重大な責任が当然あ 従って、この三姉妹の家庭に対する救済対策こそは もし 、こ の家庭の父親か母親のどちらか一方でも健康を損うよう 姉妹を誰が養育するのでしょう。考えてみるのもおぞましい 一家心中でも図るより他に道はなかったに違い い です。 それは初めてこの家の玄関に立ち 障子が開かれた瞬間、私の頭に 今でこそ福 祉という 言葉も一般 化してい ますが 、 この当時はまだまだ耳新しい言葉でしかなく 、 その 恩恵を受ける間のなかった障害児(者)とその家族とは精神的にも肉体的に いられていた のです 。 「障害者 を幸せにする会」 47
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