この子らを救わん 愛の「おぎゃー献金」物語
かつて 、 もっばら助産婦の手にお産が委ねられていた頃は、赤ちゃんは犠牲になってもいいから親 さえ助かれば……といわれていました。今とちがい、五人も十人も子どもを生むのが当たり前であっ た時代です 。 親さえ健康であれば、赤ちゃんはあとあといくらでも授かるからというわけなのです 。 従って難産や未熟児などは、自然にこの世に生まれ出てくることはないことになります。それが以 前は「障害児という言葉すら」なかった理由でした。 そうしたことを頭に入れながら三姉妹をみるとき、どうしても疑問となって浮かんでくるのが 「 な ぜ三人とも同じ を持って生まれたのか」ということです 。 このことは当時の助産婦の医療常識と いう尺度からみれば、止むを得なかったという他ないでしょう。詳しい医学的考察は次の項で説明し なぜ"障害 I I を持って生まれるのか の現われだということです。誰に強制されることもなく 、自 らの温かい意志を十円玉一個に託して投 じるー~それこの運動の本質であり本体なのだいうことを認識していただきたいのです。 同じくこの世に生を受けながら神のいたずらか不幸な星を負ってくる子がいます 。 その子らに、丈 夫で元気な赤ちゃんを授かった親と立合った医師たちが、喜びと感謝の気持を込めて 、不幸 な子ら へ 送る心からのメッセージ 、 それが『おぎゃ ー献 金』なのだということをよくご理解ください。 142
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